ダイフレックス開発秘話

安心の追求:その4『滑りにくい×柔らかい=?』

床材の永遠のテーマが『滑りにくくて、汚れない』ことである。
この相反する2つを同時に実現させることが、いかに難しいことかお分かりいただけるだろうか。

「滑りにくい=転びにくい=防滑仕上げ=骨材(硅砂など)撒き=ゴミが溜まる=そうじがしにくい=汚れる」という公式がひとつ。
また、「汚れない=表面が滑らか=よくすべる」という公式がもうひとつである。

工場などの大人が使用するところならば、滑らない靴を履くことが最も簡単な解決方法であるが、子供が使う場所にはそんな理屈は通用しない。
つい最近もあったが、プールで子供が滑って事故を起こした場合、大変な問題になってしまう。転んで頭を打ったりしたら大変である。
プールサイドは滑らない対策として、コンクリートそのままの状態か、ノンスリップのシートが貼ってあるケースがほとんどである。しかし、コンクリートそのままの状態は表面温度が大変高く、座るにしてもタオルを敷いて座わらなければならないことは、皆さんもご経験済みでしょう。

ここで注目されたのが、以前にもご紹介したことがある校庭に使用したゴムチップウレタン舗装であった。
転んでもクッション性があり安全で、舗装材表面のザラつきも細かいゴム製なので裸足でも大丈夫。少々表面温度が上がるという難点があったが、最近では表面の保護塗料の改良により(遮熱塗料)、その点もかなり進化した。ダイフレックスにおいても数多くのプールサイドの実績がある。

この工法は、現場点検に行くと感謝されることである。施設管理の担当者は異口同音に『事故が減ってよかった』と言う。ウレタンの持つ本来の特性『柔らかい』『水に強い』『丈夫』が、活かされた素晴らしい工法であるといえであろう。
また、同様の使用法として、保育園や幼稚園の犬走り(教室から園庭にでる途中のコンクリートの部分)に施工されるケースも数多くある。これも子供達の安全確保のために非常に役に立っている。

ゴムチップウレタン舗装材は、通常の塗り床材や塗装に比べると高価なものであるが、『転ばぬ先の杖』として、お金で買える安全だと思えば高い買い物ではないかもしれない・・・。

安心の追求:その3『アスファルトの校庭』

前述した都会の学校話の第2弾。

都会の学校は敷地が狭いという問題点の解決策として利用されたのは、屋上だけではない。

地上に十分なグラウンドの面積を確保することが難しいため、1面で105m×65mを必要とするサッカーコートや100mの直線スペースを確保できない校庭も珍しくないのである。
通常校庭は土(厳密には、この土もダスト舗装などの舗装材)であるが、一年の約3分の1は雨が降る日本では、グラウンドが使えない日が多く、都会の子供の体力低下に歯止めがかからなくなってしまうと心配された。
また、住宅が密集しているために、近隣へのグラウンドのホコリ飛散も大きな問題であった。

ここで登場したのが全天候の校庭だったのである。

当初はアスファルト系舗装が多く、昭和40年代東京都内の学校に数多く採用されていた。
この校庭は雨が上がればすぐに使用できるため、確かに稼働率は上がったが、その半面、転ぶと大変危険であり、硬いので足腰にも悪く、あまり子供にとって良い環境ではなかった(筆者(当社社員)の小学校時代もアスファルト舗装であった)。
竣工当初より、トラックや球技のコートラインが書いてあるため、先生の手間は軽減されたかもしれないが・・・。

昭和50年代後半から今までのアスファルト舗装の校庭の問題を解決することが可能なゴムチップウレタン舗装の校庭が採用され始めた。
ゴムチップウレタン舗装には、
①透水型で水がたまらないため雨があがればすぐに校庭が使える
②トップコートで着色するためカラフル
③クッション性があるため足腰にやさしく、転んでも安全
のような特長があり、東京都内(特に23区内)の小中学校では数多く採用された。

ダイフレックスでもドイツからゴムチップ専用舗装機を輸入し、数多くの校庭の舗装を手掛け、子供達が安全に運動できる環境作りに一役買っている。

残念ながら、施工業者の減少(特殊な施工機をもちいるため施工が難しい)や学校の校庭への天然の芝生の採用などによりゴムチップ舗装の校庭は減少傾向にあるのが現状である。
しかし、維持管理の容易さ(10年以上前に施工したものもまだ問題無し)から、いまだ根強い人気を保っており、この素晴らしい工法を是非存続していきたいものである。

安心の追求:その2 『スポーツ床への普及』

ウレタンという材料を愛したダイフレックスが社会に大きく貢献することとなったDD防水工法。
弾力性がありつつも防水性能を有した『エバーコート』という材料を使用し、今では屋上防水のスタンダードタイプとなっているが、かつては体育施設用のウレタン防水材のブランド名が『エバーコート』であった。
適度な弾性と強靭性を持つ『エバーコート』は運動施設に最適で、いわばスポーツ床として万能であった。

『エバーコート』が誕生したのは昭和48年、第一次オイルショックの年。日本の首都、東京もまた高度経済成長の産物と言えるオイルショックの影響を受け、大混乱が起こった。
そんな時代であった。
東京には多くの人が集まり、そこで産業をはぐくみ、そこに大きな都市ができて高層建築が生まれた。
都民を守るために行政もまた多くのサービスを行ってきた。その時代背景が顕著に現れている建物のひとつ、それが都心の学校であろう。

都心の学校では敷地が狭く、校舎の屋上を運動施設として利用するため、この防水性能を有する弾性舗装材『エバーコート』の活躍は目を見張るものであった。
学校のみならず、ビルの屋上のテニスコートも全部『エバーコート』。屋上の有効利用を提案したのもダイフレックスであった。

当初は実験的ともいうべきいろいろな現場があった。
体育館のフローリング床の上に『エバーコート』!?
現在では考えられないような無理のある施工であるが、それほどに『エバーコート』の弾性と強靭性が認められ、評判が良かったのである。
その後、昭和60年頃、体育施設用弾性舗装材は『ニューファインコート』と名前を変え、日本中のテニスコートで数多く採用され、上級者用(球足が速い)のテニスコートとして高い評価を受けた。

余談ではあるが、表面の仕上げ(サーフェイス)や弾力度合いによってボールの跳ね返りやスピードに違いが出てくるため、フルウレタンのテニスコートは前述のとおり柔らかいのに『ハードコート』に分類されるのである。
『ニューファインコート』で仕上げたテニスコートは、足腰に優しい柔らかい感触でありながら、ハードコートの球足も楽しめるという、週末テニスプレイヤーに嬉しいコート環境なのである。

スポーツ床として好評を得ていた反面、他の防水材と同様に密着工法ではふくれの問題が常にあり、改善がもとめられていた。
『ニューファインコート』が誕生したころと時を同じくしてオランダ『ボリット』社よりゴムチップウレタンの技術を導入し、この問題を解決したのである。
ゴムチップウレタン舗装とは、廃タイヤを粉砕した黒ゴムチップ(3~5mm)をウレタン樹脂と混合し、専用施工機で施工したもので、厚みが8mm~10mmあり、クッション性と適度な空隙があるふくれない全天候舗装材を作ることが可能になった。
(後にダイフレックスの主力商品となるDD工法と考え方の発端はここにある。)

ゴムチップウレタンのスポーツ舗装は透水型(水溜りができない)にでき、管理も簡単なため数多く採用された。
厚みを確保できる上にコストが低く押えられるため陸上競技場などの大きな面積での採用も増えてきたのである。
(陸上競技場のトラックは、約13mmの厚みのウレタンで10,000㎡近くも施工する。)

現在でも、大多数の陸上競技場のトラックはウレタンである。ウレタンの人気と可能性は計り知れない。

【参考文献】
『屋外体育施設の建設指針 各種スポーツ施設の設計・施工 平成11年度改訂版』
財団法人日本体育施設協会 屋外体育施設部会

安心の追求:その1 『In Taiwan』

1968年のメキシコオリンピックで正式にポリウレタン系のトラックが採用され、以後多くの陸上競技場でポリウレタン系のトラックが使われている。
東京オリンピック開催当時(1964年)の国立競技場は、アンツーカー舗装(レンガを粉砕したようなもの)が採用されていた。
アンツーカー舗装は、国民体育大会の会場などにも採用され昭和50年頃までが全盛時代であったが、ポリウレタンを使用した全天候トラックが登場したことにより少なくなってきた。アンツーカー舗装が水分が多くなり過ぎると軟弱になったり、乾燥するとほこりが立つなどの短所があったことに比べ、ポリウレタンは水分によって軟弱になることも、ほこりが立つこともない。また、ポリウレタンのトラックは記録が出やすく、また維持管理がしやすく、常に一定のコンディションを保つことができるので現在も数多く採用されている。
当初、アンツーカーの名残か、ポリウレタンのトラックの色はレンガ色が多かったが、最近ではブルーなどの明るい色のものが出てきた。ダイフレックスでも台湾で陸上競技場のポリウレタン舗装を3ヶ所手掛けている。ダイフレックスのニューファインコートカタログを初めて見た人はなんとなく違和感を覚えてしまうだろう。スポーツ業界ではまだマイナーだったダイフレックスが台湾の国家的プロジェクトを受注できたのは、三浦会長の大和インキ時代からの人脈の賜物なのである。
その当時、台湾国内では施工のノウハウがなかったため、ダイフレックスの技術スタッフが現地に出向き、現地スタッフを指導して施工した。
当時はまだ一般人が気軽に海外旅行を楽しめる時代ではなく、台湾人は「日本人は文明の進んだ国から来た大切なお客様」というイメージを持っていたようである。
そのため、かなり手厚くもてなされ、言葉の壁で苦労しつつも楽しい思いをしたと語り継がれている。
また、海外における施工例としては、イラクのバスラでフルウレタンのテニスコートを施工した実績もある。このときは、日本から持ち込んだ希釈剤(シンナー)が使用時には消失していたというハプニングがあった。川辺の塩岩の上に希釈剤の缶を置いていたために、塩岩の塩分で缶が錆び、穴が開いてしまったのである。予想外の事態であった。
が、しかし、ダイフレックスの熟練の技術により、このピンチを乗り切ったのである。
ソウルオリンピック(1988年)の前には、フルウレタンのテニスコートの施工指導を行った。
このときには、スクイジー(防水材施工用コテ)持参で韓国に入国しようとした某人が入国審査で引っかかってしまったという逸話がある。
このように、ダイフレックスは防水材・床材のみならず、スポーツ施設舗装でもアジアのトップを走っていたのである。
実はずいぶん前から、アジアでトップの『コンストラクションケミカル・カンパニー』だったのかもしれない・・・

駐車場 その4

ダイフレックスでは、新築工事や補修で培ったノウハウを活かし、7,8年前から量販店や立体駐車場の改修工事を手がけており、改修専用の工法を確立している。
新築現場は、気象条件、工期などの外的要因や施工技術レベルの不均一、高い施工難易度などからクレ-ムがつきものだが、全て改修のノウハウとして活用できるものばかりなのである。
改修といっても既存下地はさまざまで、アスファルト防水の上のコンクリ-ト押え,アスファルトコンクリート押え、長短のコンクリ-ト板や、各種露出工法などがあり、新築工事以上のノウハウが必要になる。
改修の最大のポイントは、既存防水層の上に溜まった水処理である。一般屋上でも同じだが、何度も申しあげている通り、人が集まる場所ではなく車が集まる場所である。
傷んだ既存層は全面撤去が前提であるが、ダイフレックスならではの豊富な経験と実績により、どうしても撤去できない場合の下地処理方法も開発されている。
続々改修時期を迎える建物が増加する中、改修工事のほとんどは、駐車場を運営しながら例えば半分ずつ工区を分けて施工するなどの場合が多く、工期短縮が一番のポイントになる。さらに施工中の異臭、振動、騒音、材料の飛散は勿論ご法度である。
何度となく商品開発や作業工程の改善をし続け、他の多くの企業が撤退しながらも我々は挑戦し続けている。それは全て駐車場を利用してショッピングを十分に楽しむ多くの人々を満足させるためなのである。
これらをクリアしたダイフレックスの露出工法の出番が、今後かなり増えることは間違いと期待している。

駐車場その3 商品乱立時代

前述の通り、当初、露出駐車場工法のパイオニアの他社輸入ウレタン工法は、フクレなどの著しい防水層の不具合はなかったのだが、コンクリ-トのひび割れに対応することが難しく、今から約15年前には、軟らかいウレタンと硬いウレタンの組み合わせ工法、軟らかいウレタン+FRP防水の組み合わせ工法が伸びて来た。
1994年頃から各社の安価競争が激しくなり、受注コストは毎年下がり続けて行くと共に、現場からは工期短縮の要請を強く受けていた。
そこでダイフレックスでは、さらなる施工効率アップを考え、手施工専用ウレタン工法と、ウレタン吹付け機械による無溶剤の軟らかい超速硬化ウレタンと硬い超速硬化ウレタンの組み合わせ工法を開発した。
その後、大店法の改正など環境の変化もあり、過酷な使用に耐えられない工法も続出、他社ではパイオニア的な輸入ウレタン工法など数社が撤退し、現在では、ウレタン防水を主体とした工法と、ウレタン+FRPダブル防水工法に集約されている。

ダイフレックスでは、他社が撤退を続ける中、数年前から各部材のバ-ジョンアップを計るとともに、一つの無溶剤超速硬化ウレタンによる新工法を開発した。
施工中の防水層の品質を破壊することなく確認でき、さらに技術力のある工事店の協力や専用ライセンス制の導入で施工管理強化を行い、品質の高い駐車場工法の確立を行っている。

駐車場その2 保護、露出そして薄膜の苦悩

駐車場床の防水層と保護層には、昔からアスファルト防水のコンクリ-ト押えやアスファルトコンクリート仕上げがあるが、10数年前から軽量、コスト低減、工期短縮、納まりが簡単、メンテナンスが容易などの点からデッキプレ-ト上のコンクリ-トに露出防水を施工することが多くなってきた。
駐車場床の露出工法のパイオニア的存在は、1980年代後半に登場した輸入品ウレタン工法であった。(他社品)
ここで屋上駐車場の防水を露出防水にした場合のメリットを改めて紹介しておくが、露出防水にすることで頭を軽くするメリットは勿論のこと、単に重量の問題だけではなく、頭が軽くなれば柱を細くできたり柱の間隔を空けたりすることができ、駐車スペ-ス、売り場空間にも影響する大切なことを改善することが出来るのである。つまり、より空間を有効利用できるようになるのである。
工事費全体が厳しくなった昨今では、なおのことだが、異常なまでに柱間が長いために、建物がたわみやすくなったり、デッキプレ-ト上のコンクリ-トの厚み(最低120mmは必要)が薄くなったりして、防水施工の前にクラック処理が大変な現場も増えている。
また、露出工法はメンテナンスが容易なことも大切な特徴であり、押え工法では不具合個所を発見したりして、メンテナンスが大変なことであろう。

昭和40年前半、一般用途でのウレタン防水は、専門業者による施工ではなかった。
施工を簡単にするために、ウレタンに溶剤を多量に入れたり、薄塗りしたりして、クレ-ムを連発し、信用をなくした時代があった。
年配者にウレタンアレルギ-がある人が時々いるのは、この時代を経験しているためであろう。
そんな逆境もその後、各メ-カ-、施工店による努力で、材料の品質と施工技術が数段向上し、信用回復することができた。
一般防水では、ウレタン防水は3kg/㎡程度施工されていれば、2mm以上の厚みがあるため、防水上は問題ないと言える。
仕様、材質の違いはあっても、駐車場露出防水床の場合、総厚みは5m/m前後であるため、仕様通りの塗布量を確保するのが耐久性確保にとって大切なことである。
ウレタン防水は弾性があるので、下地の動きなどに追従することは得意である。

しかし、外部からの衝撃などには、航空機、船舶、遊戯施設、戸建住宅などに使用されている軽量・高強度のFRP防水の方が優れていたため、ウレタン防水層とFRP防水層によるダブル防水工法を駐車場工法として採用したのである。

FRP防水の場合は、ガラスマットの厚みにより樹脂の使用量が決定するので、塗布防水の中では一定の樹脂量を確保できるというメリットがある。
樹脂が多すぎても少なすぎても、脱泡(空気を専用工具で抜き、ガラスマットと樹脂を一体化させる)という施工がうまくできないのである。
これにより、爆発的なヒット商品が確立し、駐車場に限らず一般屋上でも使用されることとなった。

さらに、ダイフレックスではウレタン防水の上にFRP防水を組み合わせながらも、どうにかウレタンでFRPのような高強度の駐車場工法が作れないかと考えていた。ウレタン+FRPには強靭と言うメリット共に、2つの異なる材料を複合させるために、ウレタン層とFRP層の間で剥離しやすくなるというデメリットがあった。
弾性のあるウレタンと非常に硬いFRPは、一般屋上ならまだしも、いじめに遭ってばかりの駐車場の床で使用するには一筋縄ではいかないのである。
剥離しないように様々な技術が駆使されて常に新しい開発を試みてはいるが、100%解決されることは難しい。
そこで、ある程度硬い物性を出すことの出来るウレタンで替わりは出来ないだろうか、そう考えて生まれたのがウレタン吹付けによる機械施工である。材料自体もクオリティの高いものであるが、何よりも、前述したように施工業者のある意味手抜き施工を機械で塗出量を一定にすることで手抜きすることができなくなったのが、大変大きなメリットであった。
屋根や開放廊下など、硬化が数分のウレタン吹付け機械施工の場合、目視で塗布量の確認が困難だったり、風で材料が飛散したりして、仕様通りの塗布量が確保できない場合もあった。これらは飛散対策アイテムや施工技術のマイスタ-制度導入などにより、ほぼ解決したが、駐車場工法の場合は、前述のような過酷な条件下で使用されるため、現在でも材料開発や施工技術開発を続けている。

つまり、FRP防水に代わる耐久性を持つウレタン樹脂の開発に着手したのである。現在では、無溶剤超速硬化ウレタンの硬化時間を少し遅らせ、専用骨材とのグリップ力を向上させたり、施工中の防水層の幕厚を穴を開けるなどの外傷を与えず品質を破壊することなく確認できるシステムと飛散防止施工アイテムを採用した。これにより、薄膜でも耐久性の確保が可能になったのである。

駐車場という床

駐車場床というと単純に「車を停める場所」をイメージするが、駐車場は不特定多数の人が人それぞれの運転方法でやってきては、人それぞれの停めやすい所へ停めるという、なんとも予測のつかないかなり過酷ないじめに遭う。
バイクスタンドで傷付けられたり、放置されたカ‐トが車に轢かれてひきづられたり、糖分たっぷりの飲み物をこばされたりするのだ。特に屋上は風雨、紫外線などの上からの攻撃だけではなく、下地のコンクリート中の水分、下地クラック、建物の挙動によるたわみにも耐えている。最近は騒音対策が万全になったが、数年前までは深夜、暴走族の溜まり場で急カ-ブや汚物にも耐えてきたのである。
こんな過酷な条件の駐車場防水床工法に対して、ダイフレックスは創業当時から室内用としてエポキシ樹脂の硅砂撒き仕様(現在も継続)やアスファルトコンクリ-トのカラ-リング仕上げ材を上市していた。
ダイフレックスの本格的駐車場床工法の現場第1号は、平成3年~4年(1991年~92年)施工の新東京国際空港旅客タ-ミナルビルで、ウレタン+FRPのダブル防水工法である。
その結果は大変良好であった。この評判を受け、全国の大規模な量販店などを中心に爆発的にヒットしたのである。
1994年頃は、施工面積が10,000㎡以下は「小さい現場」だと感じてしまうほど、当然のごとく大規模物件を手掛ける大繁盛期であった。
かなり専門的な話になるが、正式にパワレックス工法としてウレタン+FRPを開始したのは1993年以降のことである。それ以前は、様々な失敗や改良の繰返しであった。
そのひとつがケイ砂の問題である。実は、ウレタン+FRPの防水でネックになるひとつのポイントは、滑り止めとして撒くケイ砂が取れやすいということである。
実は、現在でもFRP防水層の上のケイ砂は比較的取れやすく、先に述べたようにありとあらゆる人が訪れるので、我々は常に材料の改良や塗布量の改善を行っているのである。
最初はFRPのガラスマットを一枚入れてから、樹脂を塗布してケイ砂を散布していた。
しかし、撒いた直後からケイ砂がポロポロ取れてしまうので、1993年夏の新潟県にあるショッピングセンターの現場からはガラスマットを一枚入れて樹脂で固める時にケイ砂を散布する仕様が登場し、しばらくは前手順の方法と併用していた。1995年頃から同時散布が正式仕様になっている。
駐車場床の場合は、ただ単に防水としての機能だけでなく、車が走行する床として必要な条件もクリアしなくてはならないために、現在でも様々な仕様を改善しながら、これらの問題に対処しているのである。
このように紆余曲折を繰り返しつつ生まれた、これらの現場も続々と10年以上が経過し、保証期間を乗り切った現場調査に行くと、よく耐えてきたと感じるが、施工時に気をつけるべきポイントは意外にシンプルで、仕様通りの材料が下地に塗布されていれば、大丈夫なのである。
下地の研磨、クラック処理と施工時のつなぎ目の処理を忘れなければ完璧である。

大ヒット~エバーコート~

またしても同年、経験豊かな長谷川体育施設との共同により、樹脂系弾性舗装材「エバーコート」が誕生した。
さきに開発された「ダイフレックスフロアー」の特性を生かした「エバーコート」はソフトな歩行感があり、幼稚園の広場やベランダを子供が遊び場にする場合などに指名された。
このほか屋上防水をかねたテニスコートや漏水屋上の補修などにも最適な舗装材として高い評価を得た。
継ぎ目がなくて剥がれる懸念もなく、吸音性、耐摩耗性、耐引裂性、耐候性など、様々な特性を持っていることから、維持管理費がほとんどかからないというのも人気の源だったようである。
発売と同時に爆発的な人気が高まり、生産が間に合わないという状態が続いた。
社内からは「営業マンいらず」という声まで上がるほどのヒットであった。

順風満帆~ダイフレックスフロアー~

昭和48年、大和高分子工業は樹脂系弾性塗り床材「ダイフレックスフロアー」を開発した。
インテリアデザインとしての調和を考えた色調、清潔感、歩きやすさ、弾力性、保温性、吸音性、耐久性、メンテナンスなど、樹脂のもつ物性を十二分に生かしたこの製品は高い評価を得た。
この開発の動機は、日本の経済構造が量から質へと転換し、建築物に対しても“人間性”を大切にしたものが強く要求されてきたことにあった。
“建物に対する生活環境の革新”を可能にし、真に有用度の高い住空間を開発していくためには、それを支える高品質の新しい材料が常に必要だと考えたのである。
さらに同年、原料供給先である三井日曹ウレタンとの業務提携による資本参加を得た。

これは、オイルショックの始まる寸前のことであった。

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