苦境の時代

昭和40年初頭、大和高分子工業に大きな仕事が舞い込んだ。
大成建設施工の銀座ソニービルの大石柱(約30本)に使用する人工大理石の化粧板製造である。かねてからエポキシ樹脂の硬さに着目し、人工大理石の研究を続けてどうやら完成の域に達した矢先の願ってもない受注であった。
この大型受注に対応すべく、生産設備の拡充が急ピッチで行われた。
なんとか稼動にまで漕ぎつけたが、納期が迫っている。
なんとか間に合わせるために製品づくりは昼夜を問わず続けられた。
その甲斐あって、直径1m程もある支柱に2枚の人工大理石を化粧板として装着する作業も順調に進み、寸分の誤差もなくきれいな仕上がりとなった。
だが、「まずは良し」と安堵の胸を撫でおろしたのも束の間、せっかくきれいに仕上がった化粧板が収縮をはじめたのだ。思ってもみぬアクシデントである。
この失敗は、生産の過程で収縮することを読み取れなかったところに原因があった。
多大な迷惑をかけてしまったにも関わらず、大成建設が、納品できないという大きな失敗に激怒しつつも寛大な態度で応じてくれたことが救いであった。
結局、この工事では1500万円ほどの損失をこうむった。
発足間もない大和高分子工業にとっては大痛事であったことは言うまでも無い。
高額な損失額、そして人工大理石に託していた夢を失った大和高分子工業はどん底の状態に陥ってしまった。

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