シート防水誕生の裏側

わが国にシート防水が導入されて40年以上が経過している。導入初期から様々な改良が成され現在にいたっているが、高耐久材料の開発、環境・リサイクルに応える材料の開発などの市場における要求もますます高くなってきている。
シート防水はいわゆる合成高分子ルーフィングシートの総称でありJIS A 6008に記載されている種類は加硫ゴム系、非加硫ゴム系、熱可塑性エラストマー系、塩化ビニル樹脂系、エチレン酢酸ビニル樹脂糸と多種にわたり、施工方法も密着、機械固定式とそれぞれの材料の特性を生かして適材適所に選定され使用されている。
近年では断熱材とシートを組み合わせた金属屋根改修における新規マーケットへの本格参入もシート防水普及の一端を担っていると言える。

シート防水が世の中に初採用された経緯には苦い歴史が絡んでいる。それは国鉄戦後五大事故の一つ「桜木町電車事故」である。
戦後からの復興がほぼ終わり高度経済成長期に入った時に発生したものであり、戦後の急激な輸送量増加対策に追われ、安全対策がおざなりにされていた事も背景にあったとされる。事故の概要は1951年(昭和26年)4月24日京浜線の電車(5両編成1271B列車)が、桜木町駅構内で、碍子交換工事中に誤って切断され垂れ下がっていた架線に接触し、電流の地絡により炎上。死者106人、重傷者92人を出す大惨事となった。
窓は中段を固定した3段構造で脱出不能、駅員が非常用コックの位置を知らなかったため扉も開けることができず、車端の貫通路も内開きの開き戸で、満員の乗客の圧力で開けることができなかったため、乗客は脱出路が全くなく、被害を拡大することとなった。
これをきっかけに採られた対策は三段窓の二段化、妻板貫通路扉の引戸化、非常用ドアコック増設・表示、パンタグラフ及び屋根の絶縁強化の他に車両の難燃化対策として不燃材料が求められた。
大事故から1年後の昭和27年に車両の屋根防水に塩化ビニル樹脂系シートが採用されたのが今日のシート防水の第一歩目であった。
その一歩を踏み出してから今日に至までの市場拡大には目を見張るものがある。2006年度の総出荷数量は1,000万㎡も越えると予想され、これは東京ドーム220個分を
施工したことになる。
今以上に需要を増やす為には機械的固定方式や金属屋根下地耐火屋根断熱防水のより一層の信頼性が求められる。
またここで市場におけるシート防水工法の今後の課題としては、いかに環境対策を取り組んでいけるかが重要なポイントとなってくる。
ウレタン防水メーカーは使用材料全ての無溶剤化による対応が確立している反面、シート防水業界においては施工時、使用量は少ないもののジョイントを液融着させる際に現状においては溶剤系の融着液を使用している。
将来的に溶剤が使用できないような法的な規制が強化されることも考えられる為、リサイクル・廃材処理におけるダイオキシン問題を含め、環境に配慮した事業展開が大いに期待される。

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